日時:2010年7月28日(火) P.M.7:00開塾
場所:銀座 くのや
Text by kuroinu
組紐というのは、数本〜数十本の糸を一定の組み方に従い交互に交差させて組み上げた紐のこと。さまざまな紐の中でももっとも美術的な紐であります。その断面の形状から「平紐」「角紐」「丸紐」に大別され、色束の数や組み上げの技法、仕上がりの文様などから、四つ組・八つ組・唐組・綾竹・笹波・三好・・などたくさんの種類がある。変化形も含めると300以上の種類があると言われています。
今月のくのや和塾は「組紐」のお稽古。後半は、飾り結びの実技なども。
お招きしたのは、伝統工芸士の深井しげ子先生です。
深井しげ子先生
深井先生のご自宅仕事場は錦糸町にあります。先々代の頃からここで糸を組んでいた。江戸の頃、錦糸町あたりには、琴糸をつくる職人が多かった。町名の由来もそこにあるとの話しです。糸に縁のある町なんですね。深井先生の「江戸組紐」もその発祥はもちろん江戸の頃。それがどのように生まれ、そのように発展したのか、まずはそのあたりからご説明することにしましょう。
深井先生のお道具
江戸組紐のはじめは、寛永の頃と言われています。その頃、江戸の主役はもちろん武士ですから、組紐も彼らの需要を基盤に展開した。太刀や脇差しの下緒、柄巻糸、刀袋の房などに組紐が使われていたのです。その後、江戸の中頃になって町民文化が栄えると、組紐の使用機会はどんどん増えていった。羽織紐、文箱の総(ふさ)、鏡台の飾総、襖の飾緒、手提げ袋や合切袋の緒、髪飾りの紐・・・。組紐職人の数もとても多かったようです。中には、内職として組紐つくる武士もいたようで。当時侍の内職といえば、みなさんご存じの「傘貼り」があったのですが、実はこれは最下層の内職。他に何もできない武士が傘を貼っていた。そんな中でいささか上等な内職が「組紐」だったというわけです。
このように武具としてはじまった江戸の組紐は、泰平の世がつづくにつれて装飾的に洗練されてきます。前述のさまざまな組みの手法もこの頃から大きく展開したのでしょう。ただし、江戸ではたびたび発令された奢侈禁止令もあり、華美な配色は制限されていた。だから江戸組紐の配色は渋いモノが多いのです。京・上方の組紐とはそこが異なるようです。
深井先生による江戸組紐
ところで、現在、組紐といえば「帯〆」を思い浮かべますが、組紐の帯〆が登場したのは明治になってからとのこと。庶民も身につける組紐の歴史は意外に短いのですね。
もうひとつ。江戸組紐に先立つ日本の組紐の歴史はどうなのか、ということ。これははるかに長い歴史を有している。法隆寺や正倉院、西大寺などの御物に見事な組紐があるということです。中には、いまではもう再現不可能な技法の組紐も。色使いも驚くほど鮮やかだったようです。
唐組の組紐(28玉で組みます)
さて、その組紐の技法ですが、組み上げる糸束の数が重要になります。糸束を束ねる糸玉の数で表すのですが、中では四玉で組む四つ組というのがもっとも単純なもの。糸束が多いものでは、49玉や50を越える糸束を組み上げる組紐もあります。普通に考えると、玉数の少ない方が簡単なように思えますが、実はそうじゃない。単純な方が職人の腕がモロにわかる。ごまかしがきかないのですね。例えば、1メートル50センチほどの帯〆を四玉で組む時。途中ほんの少しでも調子が変わると紐の組目に乱れが生じ美しい仕上がりにはなりません。まったく同じ調子、同じ間隔、同じペースで組み上げないと真っ直ぐでゆるみのない組紐はできないのです。単純なものほど難しい・匠の技の神髄ですね。
乱れのない深井先生の組紐
お稽古では、深井先生による28玉での唐組の実作業を拝見しました。28の糸束を組み上げて菱形の模様をつくっていきます。が、素人目には何がなんだか、どの玉がどうなっているのか、ひとつの菱形模様に何回の組み上げが必要なのか、まったくわかりません。深井先生は、お話しを交わしながらどんどん組んでいく。身体が覚えているのですね。それにしても凄い。どうしてまったく乱れなく仕上げられるのか、謎であります。
実演の動画を少しご覧いただきましょう。
ちなみに、塾生の組紐体験は、八玉の角台で。28玉はとても無理ですから。八つでもそれなりに複雑ですが、ま、組めないことはなかったです。
塾生が挑戦した角台
お稽古はその後、組紐を使った飾り結びの実技となりました。
皆で取り組んだのは、「淡路結(四つ菱結)」。まず一本の組紐で以下のような結びをつくります。
これにもう一本の組紐を一本目の結びに沿って結び入れます。あとは丁寧に隙間を詰めていく。
初めてでも意外に上手く結べるものです。素人が真剣に手を動かすと口は閉じますね。静かだけれどとても楽しい時間でした。
結び終えたら端を整えて金具をつければできあがりです。
飾り結びに取り組む塾生のみなさま。真剣です。
深井先生によると、唐組の帯〆を一本組み上げるのに丸二日は必要、とのこと。28玉での組みの前に糸を整えるなどの下準備もたっぷりある。経済性を無視して、美しい紐を組むことだけを目指す。それを良しとする社会があってはじめて成立する作品なのですね。効率などという浅薄な思考より、職人の名誉や誇りを重視した時代でこそ華開く匠の技。経済効率を超えた新たな価値観の再構築ないところに日本文化の再生はあるのか? なんて重い課題に思いをはせるお稽古でもありました。
深井先生、ありがとうございました。