2022年度最初のお稽古は、「邦楽器の糸」のお話。
丸三ハシモト株式会社の橋本英宗社長をお招きいたしました。
お忙しい中、滋賀県からお越しいただいての貴重なお時間でした。
————————————————————————————————————
和塾のお稽古・第270回「邦楽器の糸の話」
丸三ハシモト株式会社 代表取締役社長 橋本英宗様
2022年4月5日(火)国際文化会館
————————————————————————————————————
<丸三ハシモトと邦楽器の糸>
滋賀県の北部 木之本地区で邦楽器の糸を製造している丸三ハシモト。
明治41年(1908)の創業以来、110年以上に渡って、三味線、琴、琵琶、胡弓、沖縄三線
に使われる弦を作っています。橋本英宗さんは4代目。
先代と先々代のお二人は、「邦楽器糸製作」の分野で文化財保存のために、
国が伝承を支援する「選定保存技術」の保持者に認定されていらっしゃいます。
現在製作している糸の種類は400種類以上。三味線で200種類以上もあるそうです。
糸の素材は絹糸のほかナイロンやポリエステルも使用するそうです。
およそ12の行程を全て手作業で行っています。撚(よ)りの仕方や、発注者のリクエストなどによって糸の種類はどんどん増えていくとのことです。
<日本はシルク弦の代表的存在>
シルクの弦と聞いて、日本では不思議に思う方は少ないかもしれませんが、楽器に絹糸の絃を使うのは東アジアの一部だけだそうです。日本はその代表的存在。世界的にはそれまで主流だった羊の腸から作られるガッド弦に代わって金属弦が主流になっています。
日本における和楽器弦のメーカーは現在7社ありますが、そのうち絹糸の弦を作るのは4社。そのうちの、1つが今度営業をやめるそうです。邦楽のプロは自分の音に慣れているので、弦が変わると楽器そのもの、しいては自分の表現が変わってしまうほどの事態になり兼ねません。丸三ハシモトでは、そちらの会社で作っていた糸を継続して作るために日夜研究をしているそうです。残っていく者はそういった苦労もあるのですね。
ちなみに、邦楽器の音は関東と関西、九州でも違えば、京都と大阪でも違うそうです。
<原材料へのこだわり>
丸三ハシモトが製造する絹糸の絃の原料は、採れたての繭を熱乾燥の処理をせず生のまま(生引き)、機械製糸ではなく、座繰器を用いた手仕事で作る「生糸」だけにこだわっています。こうしてできる絹糸は、艶が違うそうです。またセリシンを多く含んでいるため、肉厚なのだとか。もしこの糸で着物の帯を作ったとしたら、すごいお値段になるそうです。
絹糸にはナイロンやポリエステルの弦にはない凹凸があり、この凹凸が光を乱反射するそうです。
原料となる繭は桑が美味しい岐阜の生産者から取り寄せており、春・夏・晩秋・晩晩秋と1年で
4回仕入れますが、春繭がもっとも品質がいいとのことです。
<絹糸ができるまで>
生糸を仕入れたところから丸三ハシモトの絹糸弦製作が始まります。
・糸を撚る
丸三ハシモトが作る絹糸の弦作りの中でも最も特徴的なのが「独楽撚り」という工程です。
職人二人が「板」と呼ばれる手作りの道具を両手に持ち、糸を結んだこれまた手作りの「独楽」を回して糸撚ります。予め決めた位置まで、前進していくことでどれだけ撚るかは決まるとのこと。糸を撚る工程は機会でやるところが多い中、この手仕事の「駒撚り」をやっているのは丸三ハシモトだけだそうです。現在は丸三ハシモトでも、お箏の糸や三味線の一の糸、二の糸などの太い糸は機会で回転数を決めて撚っていますが、三の糸だけは必ず「駒撚り」で作っています。三味線の三の糸を1本作るためには、なんと繭の糸を600本集めなくてはならないとのこと。材料も手間も余分にかかる高級品です。
ではなぜ、今でもわざわざこの作業やっているのかといえば、それはプロの方から「音質」を残してくれと言われているからとのこと。機会で撚ると機械の重さで糸が伸びてくるため、余計に撚りを入れる必要があるのですが、そうすると音がこもってしまうそうです。音が籠ると広い舞台では短い音を出しても速く遠くまで音が届かないのだそうです。
独楽撚りの様子はこちら
・撚った糸を乾かしてウコンで染める
丸三ハシモトの糸もそうですが、和楽器の糸は黄色が基本です。アジアの伝統楽器には古くから絹絃が使われていますが、日本の楽器だけ黄色い絃となっています。なぜ、和楽器糸はなぜ黄色なのでしょうか?それは「昔、日本の繭糸の多くは黄色だった」からということです。みなさんがイメージする現在の白い繭は実は突然変異であって、それを量産するようになって白い繭が一般的となりました。それは利便性が高かったためと思われます。
現在、和楽器糸は「ウコン」で染色しています。これは防虫効果があるとも言われています。ただ、一昔前はクチナシの実で染めていたそうです。ウコンは沖縄など南方の染料ですから当時はクチナシの方が手に入りやすかったのかもしれません。和楽器の糸はずっと黄色が伝統だからということであえて黄色に染色をするようになったのではないかと考えていらっしゃいます。
・お餅の糊で接着させる
米文化の日本では撚った糸の接着剤として古くからお餅の糊が使われてきました。
ちなみに、丸三ハシモトでは冬のある日に1日中餅をついて、1年分の餅を作って保存しています。
・検品と修理
糸を張り巡らして乾燥させ、毛羽だった部分を和鋏でカットして表面を平にする
・コーティング
その後、さらにお餅の糊で表面をコーティングし、硬くさせます。
糊の濃さは糸の太さに撚っても異なります。
・最終行程
糸をカットしてから、検品三度ほどをし、竹の筒で巻いて、越前和紙で糸を包んで完成です。
こういった行程も、丸三ハシモトが現在製造する数十万本を全て手作業で行っています。
<木之本の地で糸を作る>
丸三ハシモトがある木之本という場所は、滋賀県長浜市にありますが、すぐ北は敦賀(福井県)です。ここは豪雪地帯でよく雪が降るそうです。また、雨が多く湿度が高く、湧き水が豊富とのこと。絃作りには、生糸を水にしたしてからよりをかける行程などもあるので、湿度が高い方が仕事がしやすいそうです。
<絹糸へのこだわり>
邦楽の楽器の音は、海外に持っていくとノイズがするねと言われるそうです。ここでいうノイズとは、音になりきれないぼやっとした音の事を言うそうですが、日本人はそこに良さや味わいを感じるのです。そのまろやかな音を出すことができる絹糸は、日本の万感を表現することに適しています。ですので、邦楽は絹糸を用いた邦楽器で演奏するのがもっとも合うと橋本さんは仰います。
<手作業のメリット>
丸三ハシモトによる和楽器弦の製造工程はそのほとんどが手作業で行われます。
手作業が多いということは、大量生産には向いていないのですが、小ロットでたくさんの種類を作ることには適しています。その特徴が様々な需要や要望に応じて変化することを可能にし、現在に繋がったのではないかというお話は納得でした。
<繭の数え方>
皆さん、繭を数える単位を知っていますか?
なんと1頭、2頭と数えるとのこと。それは、養蚕が人間にとって初めての家畜であったため、
そのように数えるのだそうです。
<邦楽器に触れる大学生が増えている>
早稲田・慶応・つくばといった大学では、三味線やお箏を弾くサークルの人数が増えているとのこと。それには津軽三味線やお箏を弾くマンガが人気ということが影響しているそうです。高校の箏曲部が舞台となるマンガ「この音とまれ!」や津軽三味線を題材にした「ましろのおと」などです。こういった作品が人気となることにより、今の学生たちの間では、三味線やお箏は古臭いものという認識はもうないのかもしれませんというお話に希望を感じました。
当日のお稽古では、これらのお話に加えて、橋本社長が日本を飛び出して中国、台湾、韓国と、ひらめきと度胸と人脈を駆使して、シルクロードを逆流して、ずんずんアジア進出を遂げていくお話も伺いました。
貴重な技術を継承しながら、経営者として絹糸に新たな可能性を見出す橋本さんのご活躍は非常に頼もしく感じました。和塾一同、これからも丸三ハシモトさんを、そして絹糸で作られる弦の益々のご活躍を応援して参ります。橋本社長、ありがとうございました。