江戸東京が誇る最高峰の食の職人仕事を山本益博さんの案内で一年間・四季を通して巡る「江戸東京・職人仕事の美食巡礼」。和塾だけの文字通り「垂涎」の企画であります。連続四回のシリーズで、すし・そば・てんぷら・うなぎ。本物の江戸前の美食と、誇るべき日本の文化を、四季の移ろいを感じながら、贅沢にたっぷりと堪能します。
第三回の夏7月は「鮨」。オバマ大統領も出掛けた世界中の美食家が憧れる超有名店「すきやばし次郎」へ。食通なら一度は訪れたいが、予約は取りがたく、敷居は高く、素人を寄せ付けないその存在は、結局未踏の名店ではないでしょうか? けれど、そんな近寄りがたいカウンターも、山本益博さんとともに訪れれば大丈夫。親方・小野二郎も笑顔で迎える江戸東京美食の極致。まさに絶品を堪能する、和塾だけの「特別限定」の機会であります。
次郎の表。見に来るだけの外国人がひっきりなしに行き来します。
すきやばし次郎。その名を知らぬ人なき名店ですが、経験者の中には、いささか渋い感想を持つ方が多いのも事実。そのあまりに緊張感あふれる雰囲気や、遅刻を許さず、深酒を許さず、鮨の放置を許さぬ作法や、決まり決まった献立・・・などが、厳しい評価の因。確かにそういう事もあるのですが、実はすべて理由のあること。以下、益博さんによる「すきやばし次郎」の説明書?を記しましょう。
今秋卒寿をむかえる小野二郎さん。
その柔らかな手はまさに神の手のごとく。
まず、その、緊張感。板前でほとんど無言で仕事をつづける小野二郎。二郎のまわりを固め、これまた無言で役目を果たす若い職人たち。たのしくお寿司を食べたいな、とやってきたグルメ女子や、思い切って予約を入れて彼女を誘った若いカップルなどは、二度と来たいとは思わぬ厳しい雰囲気であります。カウンターをはさんで、親方と客が、四方山話に花咲かせながら寿司を食う一般の寿司屋になれた人々にとって、これは少し苦行に見える。が、しかし、考えてみてください。バッターボックスに立つイチローに話しかける人がいますか? 二郎にとって、鮨を仕上げる行為は、まさに投手の剛球を仕留めようとするプロのバッターの行為と同じ。客と雑談に興じるのが嫌なのではなく、真剣勝負の仕事の場では、そんな余裕などあり得ないのがプロの職人なのです。だから二郎は無言で鮨に向かい、店は類の無い緊張感に包まれるのです。わかります? まあ。勇気があるなら、一度お試しください。ここの鮨を食べて、大きな声でひとこと「うまいっ」と叫んでみる。ニッコリと微笑む二郎さんを見ることが出来るはずです。客との交流がイヤなのではなく、それを許さぬ真剣さで仕事に立ち向かっている証左を確認することができるはずです。
置かれたその瞬間が最高の状態で。出されたら間を置かず口中へ。次郎の基本です。
すきやばし次郎は、来客に最高の鮨を供することに、世界に類無き努力を傾注します。例えば、温度の管理。次郎の鮨ネタは、概ね四種の温度で管理されています。キンと冷えたネタ、少し冷たいネタ、常温のネタ、温かいネタ。それぞれは、客前の板に出された瞬間に最高の状態であるよう厳密に温度を管理されている。この温度管理は、来客の着席時間を見据えて事前管理される。遅刻したら、最高の状態では食べられないというわけ。また、例えば、さよりのような冷やして出すネタ。人肌の酢飯にこうした冷たいネタを載せた場合、酢飯の温度によりネタは刻々とその味を変えてしまいます。1分も経過すれば、せっかく冷たく出したネタの風味は台無しになってしまう。次郎では、出された鮨は即座に食うのが鉄則。寿司そっちのけで雑談に興じたり、ゆるりと酒を楽しんでる場合じゃないのだ。ま、ここらあたりは異論もあるでしょうが、最高の鮨を食したいのなら、その方が良いということでしょうか。
もうひとつ、すきやばし次郎では、原則おかませのひとコースをすべての客が食することになります。この日の献立は、かれい→すみいか→いなだ→あかみ→ちゅうとろ→おおとろ→こはだ→むしあわび→あじ→くるまえび→いわし→とりがい→かつお→しゃこ→うに→こばしら→いくら→あなご→かんぴょう→たまご、の全20品。これらは、その日の仕入れやネタの状態を勘案し、考えに考えを重ねて決められた最終解としての献立です。それはあたかも交響楽のように、食する者を美食のワンダーランドに誘います。つまり、この品数、この順序が結論でありその他は論外となる。赤身・中トロ・大トロの鮪三作品の直後にコハダの出る意味。蒸し鮑の香りが口中を満たした後の鰺。巻物を重ねた直後の穴子。すべてがそうでなければ成立しない次郎における二郎の料理なのです。客の好みでお好きなネタをお好きな順序で食べる寿司とは別の存在。自由がきかないのは、それがプロによる他に選択肢の無い最高の作品だからなのです。
ということで、山本益博氏の懇切丁寧な解説により、総員納得の「すきやばし次郎」。
食後は二郎さんと記念撮影も。試合後のイチローのように、仕事が済めばすっかり好々爺となる小野二郎さんを囲んでなごやかなひとときを楽しみました。
ご参加のお土産はサイン入りの献立と益博さんの次郎本。
素晴らしき奥深き和食の神髄。山本益博さんと巡る江戸東京職人仕事の美食巡礼も次回がいよいい最終回。天麩羅の名店で、秋の美味に食らいつきましょう。乞うご期待。