東都最高峰の料亭をご存じでしょうか。その名は「新喜楽」。京都の名だたるお茶屋をはるかに凌ぐ敷居の高さ。国賓や各界の名士だけが入店を許される迎賓の館。吉田五十八デザインの数寄屋は芥川賞の選考会場としても知られ、本企画で使用する大広間は、宴会中に倒れた故佐藤栄作氏を、館の営業を止めて看取ったという歴史的一室。金砂子による格天井からの柔らかな光が集う人々をいっそう華やかに包み込みます。春の和塾の催事は、今年もまたその「新喜楽」で。もうこれ以上は不可能な、究極の御座敷観桜の宴。すべてが最高峰。
72畳の大広間を桜花で埋め尽くしました。
天井光を落とせば夜桜に。
艸心流瓶華家元継であるご主人自らの桜花の投げ入れで大広間を埋め尽くし、この日だけの太閤秀吉醍醐の花見図屏風と前田青邨の富士掛絵。桜色のシャンパンで迎える寄り付きのホールにも桜花を設え、本間屏風前では新橋芸者衆による花見の踊りをご覧いただきました。もちろん、魯山人星岡茶寮の流れを汲む東京和会席の粋を、これもまたこの日だけの特別な器(まさに美術品ばかり)に盛りつけて、存分にお楽しみいただきました。
屏風は太閤秀吉の醍醐の花見を描いた大作。
寄り付きのホールの桜です。
床は桜の向こうに富士を眺める設え。前田青邨の富士掛絵です。
この日ご用意した桜は、みやび桜・よしの桜・おとめ桜・城桜・陽光桜の五種。種類の異なる桜がすべて満開で皆さまをお出迎え。と、言うは易く、しかし行うは難しであります。開花時期の異なる桜五種ですから、それらを開催日に合わせて咲かせるのはたいへんな作業です。各地から取り寄せた桜花は、運び込まれた時は当然すべて固いつぼみの状態。色味も判然としない巨枝を大甕に投げ入れ、花開いた状態を想定しながら形をつくる。その上で、開花を合わせるために室に戻して暖めたり、強い光をあてたり、時間の経過を図りながら、桜花との対話は、宴の直前までつづく職人技の極致であります。
そしてその日、大広間に集うお客様は、見事に花開いた五種の桜花をただただ溜息と供にご堪能。自然環境ではあり得ない絵空事のような花見の席は、まさに夢幻の境地へと誘う究極のお花見なのでした。
観桜の宴に華を添える新橋芸者衆の踊りは長唄の「元禄花見踊」。お馴染みのメロディーが新喜楽の大空間に響きます。上野の山の花盛りに集い、泰平の世を寿ぐ元禄江戸庶民のエネルギーと桜花の美しさを活き活きと歌い上げます。醍醐の花見図屏風を背に、踊るは新橋芸者の喜美弥ときみ鶴。〜入来る入来る桜時 永当東叡人の山 彌が上野の花盛り 皆清水の新舞台〜 陰囃子の太鼓の音が高い格天井に反響して、ここはまさに今吉原の桃源郷です。
そしてもちろん、供するお料理も、和会席の最高峰。朱塗の縁高の蓋を開けると、そこにも桜の一枝が添えられた先付けが。えぞ鮑、えんどう豆、穴子と玉子。向付には、かに・青柳・わけぎ・うどのぬたと白魚のあられ揚げとたらの芽。小鯛の清まし汁と桜鯛の薄造りがお椀と刺身。ここで、綺麗どころの余興が出て、口代わりは、鴨のくわ焼。煮物は見事な桜色の鱒けんちん蒸し。京都の筍と若布と蕗の一品を加えて、お食事は白いご飯と芹と山えのきの赤出しでした。
料理はもちろんですが、特筆すべきは盛られた器たち。黒仁清金銀彩独楽向付・今右衛門鳳凰絵長方六寸皿・輪島七宝蒔絵椀・柿右衛門色絵丸紋皿・加山哲也桜花文中皿・今右衛門龍絵輪繋ぎ深皿・今右衛門牡丹唐草模様蓋物・・・。百年以上も現役の名品が惜しげもなく登場します。
えそ鮑大豆煮・えんどう豆したし・穴子押し寿司・厚焼玉子、笹を敷いて。
七宝蒔絵の椀には、小鯛清汁・芽かぶ・松葉柚子。
加山又造の子息・哲也による桜花文中皿に、鴨くわ焼と九条ねぎ・べっこう柚子。
夢幻の花見をご堪能いただいたお帰りには、観桜会だけのお土産を一袋。元和三年創業の和菓子の老舗・亀屋和泉萬年堂謹製の桜尽くしの御菓子です。外箱に桜を一枝添えて、お出でいただいたお客さまに心からの感謝の気持ちを、お持ち帰りいただけたと思います。
和塾のよるまさに「最高峰」の桜の宴。お見逃しの方は、また来年。東京の開花少し前に、新喜楽の大広間においでください。