連載

vol.10 京舞人間国宝・井上八千代(2)

◆寄り添う美

こうした互いを思いやる文化は、もちろん、京舞の内にも見事に発現しています。先人の芸を尊重し、流儀の型を継承し、次に続く人びとの思いを踏まえ、客席の心に寄り添う舞。八千代先生は語ります。「そういう思いというのは本当に大切やと思うんですね。それは、人と人が接するときのあり様にも通ずるし、ある意味では正に日本的であるということ。和を以て貴しとなす、というこやと思います」。

日本におけるいわゆる芸術の創り手の立ち位置には、それが芸能であっても工芸であっても、常にこうした他者尊重の性格が色濃く存在しています。それは、西洋の創り手のあり方とは大きく異なります。こなたは他者尊重、かなたは自己主張。押しの強い、圧倒されるような欧米のパフォーマンスに比べ、日本の芸能が一見地味で熱情に欠けるような印象を与えてしまうのは、こうした性格の差異からくるものではないでしょうか。

明治以降、日本にも西洋の自己主張を高く評価する文化が流入し、互いを思いやる芸よりも強烈な自我の発露に晒されることを好む方が大勢となっています。けれどそれは、本来の日本のあり方とは異なるものです。舞う人はそれを見る人の心に寄り添い、見る人は舞う人の思いに寄り添う。舞台と客席の間に心地よい交歓のある芸能。それこそが、日本の人びとの芸能だったのです。八千代先生の言葉を借りれば、「私たちの芸能、自分も好きで相手も好きというのが最高です。それこそが和であるということです」と。

私たちは、こうした日本人らしい芸能との関係を、すっかり忘れてしまっているように思います。舞台と客席が互いの思いを交差させることで成り立つ芸能。送り手と受け手の心地よい交歓によって創られる舞台芸術。それが、本来の日本の芸能の姿なのです。「人の心の中に残っているものが、私たちにとっては宝です。しかもそれが日を経つごとに、なんかこう、大きくなる場合があるんですよね」と、八千代先生も語ります。日本に古くから受け継がれてきたこうしたあり方に立ち返って舞台に臨めば、日本の芸能のすてきをもっとたっぷり受け取ることが出来るのではないかと思います。

互いに寄り添う、ということでは、もうひとつ、八千代先生がいつも気にかけていることがあります。若いころの先生は、新たな曲目に臨む時「高い山に決然と立ち向かっていくような気持ち」だったと言います。かつて、その舞を見た友人が「どこを切っても血が噴き出るような感じがした」という言葉を漏らしたほど。

ところが、先生の曲に向かう思いは、歳とともに少しずつ変わってゆきます。「若いときは、新しい曲に取り組ませてもらったら、その曲と対峙するような気持があったと思うんですよね。それが、八千代を襲名した頃からでしょうかね、曲に添うということを考えるようになりました。挑むのではなく寄り添う、ということを大事にしたいと思うように」互いを思いやるという思想が、人と人の関係を超えて、音楽や詞章にまで及んでいる。日本のものづくりの文化が、素材に挑んで制御するのではなく、それに寄り添い、その魅力を最大限に引き出そうとする考え方ととても似ています。

日本人は、豊かな自然の恵みと移りゆく四季の中で暮らしてきました。自然の力は圧倒的で、素晴らしさも恐ろしさも、人間の力を遙かに凌駕しています。人間は自然に対峙し制御しようとするよりも、それに寄り添って共生する方がずっと幸せになれる。日本人ははるか縄文の時代から、それを理解していたのです。互いを思いやり、互いに寄り添う文化がこの地に生まれた。そしてその文化は、挑み主張する思想が世界中を席巻するこの時代にこそ見直すべき見事な価値観でもあるのです。「日本の舞踊は、何かに挑戦するということではなく、寄り添っていく。そういうことによって表現するものです」という八千代先生の言葉は、だからまさに、次の時代への新たな指針でもあるのです。

 

[連載一覧]田中康嗣(和塾 理事長)・日本の宝 日本を語る
01 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(1)
02 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(2)
03 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(3)
04 漆芸蒔絵人間国宝・室瀬和美(4)
05 能楽囃子小鼓方人間国宝・大倉源次郎(1)
06 能楽囃子小鼓方人間国宝・大倉源次郎(2)
07 能楽囃子小鼓方人間国宝・大倉源次郎(3)
08 能楽囃子小鼓方人間国宝・大倉源次郎(4)
09 京舞人間国宝・井上八千代(1)
・10 京舞人間国宝・井上八千代(2)
11 京舞人間国宝・井上八千代(3)
12 京舞人間国宝・井上八千代(4)