桜花 咲きにし日より 吉野山 空もひとつに かほる白雲 藤原定家
吉野山の桜の蕾がほころぶ季節の到来です。桜の名所・吉野山の中でも一番の眺望を誇るのが、獅子尾坂をのぼりつめたところにある吉野一の展望台「花矢倉」。眼下に上千本、中千本、蔵王堂を見下ろせ、金剛・葛城・二上山を遠望できる絶景の場。この地で源義経の忠臣、佐藤忠信が矢を放って敵を防いだと伝わります。
その花矢倉にちなんで名づけられた女流義太夫演奏会「はなやぐらの会」。コロナ禍の延期を経て、三年ぶりの開催が来る4月10日になります。会場となる紀尾井小ホールにほど近い真田濠の桜が咲き乱れる頃になりますね。
開催を前に、会を主催する鶴澤寛也さんにお話しをうかがいました。
●「はなやぐらの会」、第1回の開催は、2004年のことですね。
ええ。最初の会場は、今はもうないのですが、東銀座にあった日本旅館「吉水」のホールでした。とても小さな会場でしたので、日を分け3日間の公演でした。義経千本桜の「河連法眼館の段」で、浄瑠璃は竹本駒之助師匠にお願いしました。そもそも、自分の演奏会を始めるきっかけを頂いたのも、実はその駒之助師匠だったのですよ。
2回目(2005年4月)からは、会場を少し大きくして、新宿の「ほり川」というお稽古舞台で。5回目までは、その会場での開催しました。2009年の第6回からは、紀尾井ホールでの開催。感染症による延期を経て、今回が18回目になります。
ちなみに、会の名称である「はなやぐら」は、お世話になった帝塚山大学の学長だった森永道夫先生に命名していただいたもので、吉野山の絶景スポットであり千本桜の佐藤忠信ゆかりの地としても知られる「花矢倉」と「華やぐ子等(はなやぐこら)」を掛け合わせたものなんです。
●今回の演奏会は〜橋本治さんを偲んで〜ということですが、この会には、橋本治さんも、たびたび出演されていますね。
はい。最初においでいただいたのは、2011年の第8回のことです。紀尾井小ホールでの三回目の会で、「壇浦兜軍記・阿古屋琴責の段」を取り上げたのですが、その公演でお話しをいただいきました。ただ、橋本さんとの出会いはそれよりずっと前のことです。「はなやぐらの会」とは別に、八重洲ブックセンターで開催していた「八重洲座」という演奏会があったのですが、その会のゲストとして橋本治さんをお招きしたことがありまして、2007年のことです。その時が初対面。橋本さんの著書を読んではいたのですが、直接お話しをするようになったのは、その時から。その後、橋本さんに「寛也さんの音は近代的ですね」と言われたのが自分にとってとても衝撃的で。自分自身は自分の三味線が「近代的」という思いなどまったくなかったので、橋本さんのその言葉には、本当に驚きました。
●今回の演目のひとつ「六条院春の道行」も、橋本治さんによる新作。初演は、第11回はなやぐらの会でのこと、以来8年ぶりの再演ですね。
最初は、軽い気持ちで新作をお願いしていたのですが、だんだん畏れ多くなって、その後しばらくは静かにしていたのです。ところが、橋本さんは新作を書く気になっている、という噂を耳にしまして、それならば、と改めてお願いしたのです。すると、その場で、ご自身の『窯変源氏物語』の「胡蝶」のページを開かれて、そのまま詞章の検討が始まったのです。「胡蝶」が選ばれたのは、私の三味線が引き立つように、と考えていただいたからだと思うのですが・・・、その時の橋本さんのお考えは、実は今回の公演の際、ご本人の言葉でご本人からご説明いただけると思いますよ。秘蔵の映像を上映する予定ですから。
●それは楽しみですね。劇場においでいただいたのはお客さまだけの特典ですね。
さて、その後、受け取った橋本治さんの詞章のもと、作曲を始めた・・・。
はい。けれどそれがとても難しくて。橋本さんの綴られる言葉がとても美しかったので、それに見合った曲づくりを目指そうと気負いすぎてしまったのかもしれません。行き詰まってしまい、長い間作業が進まなかった。鶴澤清介師匠に相談したら、「素晴らしいものをつくろうとせず、まずは古典の曲でよくあるフレーズをつけてみて、しばらく置いてからつけ直したら良い」と言われて、それでやっと・・・。
橋本さんとのやり取りを経て、会の開催までになんとか仕上げたのですが、初演の時は、納得のいかないところも多々ありました。そもそも、道行というのはどちらかと言うと音楽的になりがちではあるのですが、「義太夫らしくない、長唄のようですね」なんて感想もあって・・・。今回の公演では、少し手を入れて、バージョンアップした「六条院春の道行」をお聴きいただけると思います。
●この演目(六条院春の道行)は、初めて耳にする人も多いと思います。聞きどころ、はどういったことでしょう。
この新作は、六条院の大きなお屋敷の春の景色を愛でる演目です。里桜、山桜、樺桜・・・、お屋敷の庭に咲くさまざまな桜や、池に浮かべた唐破風の舟、歌舞音曲を楽しむ宮廷人たち、池の水面に浮かぶ桜花・・・、都の春の情景を感じていただくのが一番のポイントです。太棹三味線は、そうした情景を音に変えて表現するのが大きな特色ですから、三味線の音色の中にある春の景色を感じていただければ、と思います。
●もう一つの演目は「仮名手本忠臣蔵 勘平腹切の段」ですね。この演目を選ばれたのは。
勘平腹切の段は、もともと追善会などで演奏されることが多いというのが一番の理由ですね。また、橋本さんと話していた時、「今時の日本人は、過ちを犯してもメールやSNSでメッセージを入れるくらいだけれど、昔は、勘平のような者でも腹を切っていたんだよね」と仰っていたことが印象に残っていた、というのも選んだ理由のひとつです。
聞きどころは、なんといっても義太夫らしい愁嘆場。娘は身売りし、夫を亡くし、婿である勘平を誤解によって自害に追いやった母の慟哭。どちらかと言うと太夫さんの領域ですが、それを引き出す三味線のひと撥にも耳を傾けていただければ、と思います。
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▼『源氏物語』 六条院春の道行(詞章)
橋本治 作
六条院の花の春。
四町を誇る全盛の、源氏の大臣のお邸は、春夏秋冬趣向を凝らし、春は花、夏は緑に秋紅。冬とてもまた、雪の白絹あでやかに、いずれ劣らぬ風情なり。
秋の町の女主人、春と秋とはいずれが優ると、春の町の女主人へ紅葉を土産に問い給いしは去年の秋。いずれ劣らぬ春秋の、雌雄を決すは今この時と、源氏の大臣は池水に、船を浮かべて庭の先、秋の町へと送らるる。
頃は既に弥生の下旬。六条院の春の庭、今を盛りと花の枝、所狭しと咲き騒ぎける。
ゆらゆらと、陽を受けて咲く里桜。池の汀に匂い咲く。苔の緑をほのかに映し、中の島には山桜。霞桜の朧げに。散るか霞むかその花を、前駆けと見て樺桜。春の曙光を薄紅の、酔いと変じて焙り出す。
風に靡いて花が散る。迷い来る花の一弁。滝つ瀬と見て雪崩落つ、糸桜。重ね合わせる花の錦。陽は麗々と降り注ぎ、さっと乱れる青柳の糸と睦むか雪柳。青々と濡れる中の島、春の盛りは止まれり。
秋と春との隔ての山に、匂うばかりの松の緑。芽吹いたばかりの楓の梢。散り果てた花の名残りの幼や。春の紅葉と見るより先、花の一片。船の舳に降りかかる。楽の響きに導かれ、春の漣慕い寄り、盛りの花は目の当たり。
池の面に花が散る。煙る霞の白、薄紅。あれよと見る間に唐破風の船は、盛りの春の中。散るほどに散るほどに、なおも盛りの春深く、散ればこそ散ればこそ、なおなお盛んに咲き競う。
尽きせぬ春の雅をここに。
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第18回「はなやぐらの会」開催概要
日時:2022年4月10日(日)
開場:13時00分
開演:14時00分
終演:15時30分(予定)
会場:紀尾井小ホール(東京都千代田区紀尾井町6−5 電話:03-5276-4500)
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「源氏物語 六条院春の道行」のお話映像
橋本治氏(第11回はなやぐらの会より)
『源氏物語』 六条院春の道行(橋本治作 鶴澤寛也作曲)
浄瑠璃:竹本越孝、三味線:鶴澤寛也、ツレ:鶴澤津賀花
ごあいさつ:鶴澤寛也
『仮名手本忠臣蔵』六段目 勘平腹切の段
浄瑠璃:竹本土佐子、三味線:鶴澤寛也
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お申し込み:
カンフェティ・チケットセンター
発売開始:2022年2月10日(木) 10:00
予約締切:2022年4月7日(木) 21:00
※発券に際し各種手数料はかかりません
▼ウェブ予約
カンフェティへの会員登録(無料)が必要です
▼電話予約
カンフェティチケットセンター
0120-240-540(受付時間 平日10:00~18:00)
カンフェティへの会員登録は必要ありません
予約有効期間内にセブンイレブン店頭レジにて、チケットをお受け取り下さい
お問い合わせ:(一社)義太夫協会
TEL:03-6265-1880
FAX:03-6265-1881
(月~金10時~17時)
メール: am-giday@gidayu.or.jp
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主催:鶴澤寛也
後援:公益財団法人日本伝統文化振興財団
一般社団法人義太夫協会
協力:特定非営利活動法人和塾
鶴澤寛也プロフィール(Tsuruzawa Kanya)
1983年 鶴澤寛八に入門
1993年 豊澤雛代の預かり弟子となる
2007年 鶴澤清介の預かり弟子となる
2009年 重要無形文化財「義太夫節」・総合指定保持者認定
主に女流義太夫演奏会やNHKの邦楽番組などに出演。レクチャーなどを通じて、女流義太夫の宣伝・普及活動にも尽力している。また石川さゆりリサイタル、しりあがり寿ライブパフォーマンス、演劇など古典芸能以外の催しにも参加するなど、幅広く活動している。
第25回伝統文化ポーラ賞奨励賞など受賞多数。
はなやぐらの会主宰 /(一社)義太夫協会理事 / 義太夫節保存会会員 / 京都芸術大学非常勤講師
鶴澤寛也さんWebサイトはこちらから
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*トップページ写真 撮影=福田知弘